アジアの好奇心~KajengKliwon
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アジアに惹かれるこの感覚をネット上のメディアなども使って具体化、普遍化させるべくブログに取り組んでいる。目標300記事。

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神楽と出会う★Book30
2009/11/09 23:35 [Mon]
category:Book
以前このブログでも書いたことがあるが、バックナンバーが欲しくて欲しくて、ようやく手に入れた別冊太陽の特集[過去記事:お神楽★Book021
その構成、編集をされた音楽家・三上敏視さんの著書が出た。

神楽と出会う本神楽と出会う本
(2009/10/20)
三上 敏視

商品詳細を見る


件の別冊太陽のようにフルカラービジュアルというわけにはいかないが、三上さんが出会った全国各地の神楽の様子が、ポップな文体で紹介されている。

Ⅰ 神楽と出会う―全国神楽紀行 Part1
Ⅱ 神楽を知る
Ⅲ 神楽を愉しむ―全国神楽紀行Part2

途中「神楽見学の心得」や「神楽の楽しみ方 食と温泉」、「神楽とコンテンポラリー音楽」、「僕の神楽参加体験」などなど、楽しいコラムも。神楽参加体験記などは、そりゃもう楽しそうで羨ましいかぎり。

さて、あとがきには・・・

現代に住む僕たちも、そろそろ人間は自然をコントロールできないことを身にしみてわかってきたはずだから、先人が長い時間をかけて培ってきた信仰文化を見直して、先人の気持ちと共振しながら生きていったほうがいいのではないだろうか。
そんな風に先人とのつながりを保ちながら生きている人たちが実はまだ各地に大勢いて、祭を伝えることによって神楽をはじめとする民俗芸能を守っている・・・(上記掲載書より引用。下線引用者)


「そんな風に~まだ各地には大勢いて、」つまり皆、そうやって生きている人がいるっていうことを知らないでしょ?ということが前提だと思うんだけど・・・かつてはほとんどの日本人にその感覚があったのか、あったとしたら、いつから、何が原因でそれがわからなくなったのか・・・

つづく
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タグ : 三上敏視 お神楽 別冊太陽

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奈良民俗行事ガイド★Book029
2009/10/13 23:28 [Tue]
category:Book
奈良の年中行事を、月ごとに日程が早い順で紹介。いい本。

表紙
奈良大和路の年中行事
写真・文 田中眞人 
淡交社 2009.10.10

著者HP 「ならグルグル散歩
淡交社HPでの本書紹介ページ

祭の謂れや儀礼の詳細、丁寧なマップ付。公共交通機関によるアクセス方法も。
奈良のお祭として有名なものもあるが、初めて知ったものがほとんど。
カラー写真もたくさん掲載されていて、見ているだけでも楽しいが、
「実際に見てみたい!」と思わせる。著者に敬意。

カバー(表)の写真は、以下。
浄見原神社国栖奏(吉野町南国栖)
當麻寺聖衆来迎練供養会式(葛城市當麻)
念仏寺陀々堂鬼走り(五条市大津町)

ちなみに裏は
金剛寺御朝拝式(川上村神之谷)。セレクトが渋い!!
川上村は、かつて後南朝の御所があり、南朝の皇統が潰えた後も、親王を守っていた人たちは、在りし日のままに新年を賀する御朝拝の儀式を現在に至るまで続けている。

裏

タグ : 川上村 奈良 田中眞人 奈良大和路の年中行事

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神々の眠る「熊野」を歩く★Book028
2009/05/25 02:38 [Mon]
category:Book
この数ヶ月間、更新はままならないものの、
アジアの好奇心と密接に関わるモノ・コトに遭遇したり、
実際に足を運んだりということは行っている。

それらを早くブログに書きたいのだけど・・・
そんな中、とても重要な本が出た。

世界遺産神々の眠る「熊野」を歩く (集英社新書 ビジュアル版 13V)世界遺産


読後、とにかく早く書かなければと思いながら時間ばかりが過ぎていく。
これはいかん!新書は時期を逃すと書店から消えるので(もう消えつつある!?)
ひとまずアマゾンのレビューを以下に引用。

神仏混淆の聖域の謎を明らかにする決定版!
本当の熊野がここにある! 世界遺産に登録されている熊野(紀伊山地の霊場と参詣道)は、日本でも有数の聖域であり、古来人びとはこの地を訪れてきた。縄文時代から記紀の時代、中世、近世、近代を経て、今もなお多くの人が熊野に足を運んでいる。なぜ人びとはこの地域に惹き付けられるのだろうか。神仏混淆と言われる熊野の深層には、いったい何があるのだろうか。世界各地の聖地を研究してきた宗教人類学者と地元出身の写真家が、さまざまな文献や精力的な現地取材をもとに、熊野の本当の魅力を明らかにする決定版。


著者は、本ブログでも何度も書いてきた宗教学者植島啓司先生。写真は鈴木理策氏。
アマゾンレビューでは、「本当の熊野がここにある!」と、世界遺産好き、熊野ファンの中高年ターゲット層にキャッチーな雰囲気を出しているが、本質はそういうこっちゃない・・・。詳細は後日必ず。

タグ : 植島啓司 熊野 鈴木理策 聖地

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神楽感覚★Book027
2008/12/29 01:07 [Mon]
category:Book
当ブログでも何度か書いてきた神楽だが、今年、面白い本が出た。DVD付。

神楽感覚――環太平洋モンゴロイドユニットの音楽世界神楽感覚――環太平洋モンゴロイドユニットの音楽世界
(2008/10/09)
細野晴臣/鎌田東二

商品詳細を見る


序奏 神楽感覚・かぐらかんかく・カグラカンカク(鎌田)
第一楽章 サルタヒコおひらきまつり巡行祭と神楽(細野×鎌田)
第二楽章 音楽・音霊――響きの楽しさ(細野×雲龍×鎌田)
第三楽章 環太平洋の音楽世界(細野×皆川厚一×鎌田)
第四楽章 ラテン音楽とは?(細野×浜口茂外也×鎌田)
第五楽章 日本の歌について(細野×鳥居誠×木津茂理×鎌田)
間奏一 おひらきまつりとモンゴロイドユニット(三上敏視)
間奏二 脱・世紀末対談――新たな認識への二千年世紀末(細野×鎌田)
終曲 総括対談――神楽の旅の節目を迎えて(細野×鎌田)
あとがき 細野×鎌田

付録DVD
細野晴臣&環太平洋モンゴロイドユニット
<メンバー>
細野晴臣、雲龍、三上敏視、浜口茂外也、鳥居誠、皆川厚一、高遠彩子
<内容>
猿田彦神社おひらきまつり奉納演奏
1999/10/16 おひらきまつり奉納演奏
2004/10/ 2 おひらきまつり奉納演奏

猿田彦大神フォーラム なんてのもあるらしい。

内容、その他詳細については、また後日。
そうそう、過去記事[お神楽★Book021]で欲しい欲しいと書いた別冊太陽の「日本列島の闇夜を揺るがす―お神楽」(構成:三上敏視、原章)は、無事わが家にやってきました。

タグ : お神楽 細野晴臣

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日本の放浪芸01★Book026
2008/11/06 21:29 [Thu]
category:Book
過去記事[旅の芸人04★CD013]で書いた、日本ビクターのディレクター市川 捷護さんが、日本の放浪芸を俳優小沢昭一と探索した記録、と、その後のアジアの芸能探索記録のドキュメンタリー。とにかく、裏表紙に書かれている市川さんが作ってきたモノのリストだけで羨ましくてうっとりするのだけど、内容もものすごくいい。詳細は後日。 

回想 日本の放浪芸―小沢昭一さんと探索した日々 (平凡社新書)回想 日本の放浪芸―小沢昭一さんと探索した日々 (平凡社新書)
(2000/06)
市川 捷護

商品詳細を見る

タグ : 市川 捷護 放浪芸 小沢昭一 日本ビクター

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旅の芸人02★Book025
2008/10/15 00:30 [Wed]
category:Book

たとえば、の計算である。安田さんが人間ポンプを舞台で演じ始めたのが1950年として、それから45年間、1年365日のうち約3分の1、120日を舞台に立ち、1日平均10回人間ポンプを演じたとしよう。安田さんが生涯に火を吹いた回数は、108000回というべらぼうな数字になる。(本文より引用)


安田里美
見世物稼業―安田里美一代記
鵜飼正樹・著 2000年 新宿書房

1988年から1995年に安田里美さんが亡くなるまで、岐阜県大垣市の自宅や興行先で、安田さんの生い立ちから見世物小屋全盛期の頃、出し物の数々、芸についてなどの聞き書きをまとめた名著。安田さんの語り口をそのままにした文章は、著者の安田さんへの深い愛情とあいまって、TVのドキュメンタリー番組なんかの数十倍のリアリティで迫ってくる。

首から下がヘビだとか、クモだとか、腰から下がタコ娘やとかいうてみんなやっとるのは、あれはネタモン。テッカリモンやわな。テッカリちゅうたらガラスのこと。電球のこともテッカリちゅうたわな。ガラス使って、テッカリを使ってやるんやな。クモ娘でもそうやし、みなテッカリモンや、全部。(本文より引用)


安田里美という芸人が時代をどう生きたか。安田里美という芸人を通してみた戦前、戦中、戦後の日本。さまざまな芸を習得していく様子や、出し物の仕掛けをオリジナルで考案する話しも面白かったが、終戦後、マジック、五丁椅子、一丁ブランコ、人間ポンプ、気合術などの演芸で、学校まわりをしていたという話も興味深い。

保護者用の割引券をつけた入場券を、学校でさばいてもらって、昼は子ども、夜は保護者と連日の大賑わい。教育委員会から感謝状まで出たことがあるという。病院の慰問で火吹きの芸まで披露したというから驚きだ。

当時は、まだ、多様さを当然として受け止めていたからこそ。
そして、誰もが芸に何かを変える力を認め、芸人との正しい接し方を知っていたからこそ。
だと思った。

旅の芸人、もう少し続く。

タグ : 安田里美 人間ポンプ 見世物小屋

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ミッキー・ハート01★Book024
2008/10/03 01:12 [Fri]
category:Book
以前、アジアへの好奇心が、打って(振る、たたく、はじかせる)音を出す、響かせる行為に伴う身体感覚とどこかでどうにか関連しているような気がするというようなことを少し書いた[過去記事:打楽器・打鍵楽器01★雑貨012] 

ドラム・マジック―リズム宇宙への旅ドラム・マジック―リズム宇宙への旅
(1994/10)
ミッキー ハートジェイ スティーヴンス

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グレイトフル・デッドのドラマー、ミッキー・ハートがドラム、パーカッションのマジカルなパワーの謎を追う旅の記録。

親愛なる皆さんへ
僕はドラマーです。生まれてからずっとドラムやその他のパーカッションを演奏してきました。そしてもろもろのものに加えて、音楽、とくにパーカッションが人間の精神と肉体に影響を与える、なみなみならぬパワーを持っていることに気がつきました。多くの文化において、パーカッションは儀式や宗教的場面で使われてきました。神話や伝説の多くがパーカッション楽器の起源を題材とし、そうした楽器の出す特殊な力を描いています。
民話・伝説・神話・物語、ことわざ、パーカッションの歴史と起源、使用法、そしてパワーにまつわるものを集めるのを手伝ってください。見つけたものはなんでもかまわないから送ってください。
グッド・ラック。よろしく。
ミッキー・ハートより(本書より引用)


このメッセージは旅の始まりの頃、がむしゃらな資料集めの一貫として、友人たちに送られたもの。

この旅が半端なもんじゃない。文献を読みあさって太古の洞窟からアフリカの砂漠へ、神話学者J・キャンベルと出会い、語り合い、M・エリアーデのシャーマニズム理論にも心酔しながら、さまざまな祭儀に時空を越えて立ち会い、独自のデータ・ベースを築き上げる。

重要なポイントは、旅の途中のどんな出会いに対しても、ミッキー・ハート自身の感覚と共鳴させ、戯れるようにしながら血肉化していくところだ。

シャーマニズムの研究を進めながら、このテーマについて記述している学者たちのほとんどがドラマーではないということが、僕にはわかっていた。ドラムに乗ってどこへも行ったこともなければ、トランスに入るまでドラムを叩いたこともないのだ。彼らはドラムがシャーマンの活動の中心であることは認めるが、演奏者の視点でパーカッションの音やリズムがパフォーマンスの維持や鍛錬に寄与しているこさまを論じた学者はほとんどいない。
これこそが僕の十八番だった。(本文より引用)


と、述べているが、確かに音やリズムとトランスの関係を、自身の心身の体験として生々しく描いている本はおそらくほとんど無いと思う。

ラストは旅の感動のエンディング。

タグ : ミッキー・ハート ドラム パーカッション トランス シャーマニズム 1970年代

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僕の叔父さん★Book23
2008/09/25 01:08 [Thu]
category:Book
先の記事[本質を全体としてとらえる★Book022]で書いた絵本の著者、歴史学者の網野善彦の甥にあたる中沢新一氏の著書。 

僕の叔父さん 網野善彦 (集英社新書)僕の叔父さん 網野善彦 (集英社新書)
(2004/11)
中沢 新一

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関係的には、中沢氏の父の妹の婿にあたる。
網野善彦氏の著書はほとんど読まずに、概略だけつまみ食いして分かったような気になっている分際なのだが、偉大な歴史家の研究や思想が、特異な家族(中沢一家)との縁の中で、さらに熟成されていったことが具体的なエピソードを交えて語られている。

この文章を私は、死者たちといっしょになって書いたよう気がしてしようがない。時間と空間が秩序をなくして、記憶の破片が自由に飛び交うようになっていた。そして死者たちが自分の思いを、私の書いている文章をとおして、滔々と語りだしたのである。ものを書いていてこんな体験をするのははじめてだった。(本書「あとがき」より)


研究者と時間を共有する醍醐味は、文字になる前の沸々としているところを口頭で聞けるところにある(と思っている)。文字になってしまえば、繰り返し楽しめるが、口頭で聞いたときのようなゾクゾクする快感はもう味わえない。本書の場合は、親族ならではの時間と空間、叔父と甥という特殊性はあるものの、著者のあとがきにあるような不思議な体験を経て、その沸々とした瞬間が文章化されている。もちろん、網野史観を十分に理解して読めば、また違った面白さも見えて来るにちがいないが・・・。

タグ : 網野善彦 中沢新一

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本質を全体としてとらえる★Book022
2008/09/17 02:03 [Wed]
category:Book
あちこちに話題が飛びまくってしまい、久しぶりにバリ島の話も書きたいのだけど・・・

さて、バリ島の世界観はガイドブックにも次のように書かれている。

家ごとの祠も、寺院の境内の重要な祭壇も、すべて山の方角に立つ。山の頂に神が住まい、海には魔物が徘徊するという、バリの方位感を映したものだ。聖なる山の方角はカジャ、不浄なる海の方角はクロッドと呼ばれ、山の方角は具体的には霊峰アグン山へとつながり、その山麓にはバリ・ヒンドゥー教の総本山ブサキ寺院が立つ。(引用:『ポケットガイド バリ島ボロブドゥール』JTBパブリッシング/2004年) 



Pura Besakih 20010623

言い方に多少の違いはあっても、ほとんどのバリ本に書かれている解説だ。しかし、この説明、個人的には一度もストンと心に落ち着かず、好奇心をぶち壊す説と常々思っている。アグン山のビジュアルの迫力はそりゃすごい。何度も噴火して災害をもたらしたので、バリ島民にしてみれば怖れる自然。アグン山に機嫌を損ねられては困る。四方を海に囲まれた島だから、海も怖れる自然だ。腑に落ちないのは、この自然への生理的、物理的な怖れが方位感とごっちゃになっている、あるいはされたように思うところ・・・なのかな?

河原にできた
『河原にできた中世の町―へんれきする人びとの集まるところ―』
網野善彦・文/司 修・絵  岩波書店(1988年)

河原に中世の町ができていく過程を、網野善彦氏の選び抜かれた言葉と子どもなら泣き出しそうなほど畏怖の念を抱かせる司修氏の絵巻物風の絵で綴った歴史絵本。差別、被差別精神の成立過程という重要なテーマも背景にあるので、なかなかむやみに取り上げられる作品ではないのだけど、怖れながら・・・

<古代の中洲と河原>
人の生活がはじまります。人の力のおよばない自然の世界と人の住む世界。中州や河原はその二つの世界の境にあると考えられていました。そこは、あその世とこの世の境でもありました。そして虹は二つの世界を結ぶかけ橋でした。
<鎌倉時代の踊り念仏>
踊りや芸能、大声の念仏や鐘・鼓の音などは、神や仏をよろこばせるものでした。そして多くの人びとの心を揺り動かし、神や仏の世界に人びとを導く力を持っていました。河原は芸能の行われるところであり、その芸能に対してよせられた人びとの米や銭は、神や仏のものとして、貧しい人びとに施されました。(本書より引用)


この河原に町ができるという発想、真偽は別として、妙にストンと心に落ち着くのはなぜだろう?

で、何が言いたいのかがまた良く分からないことになってきたが・・・
とりあえず今回は同書の付録に掲載された「画家の目 歴史家の目」という両氏の対談の網野氏の言葉より。

自然と自らを対置する人間の本来のあり方と、人間も自然の一部にすぎないという本質を全体としてとらえないと、怖いことになると僕は思っているんです。最近の人間軽視の風潮もこういう問題に関係があると私は思います。



この話題もまた後日。

タグ : バリ島 網野善彦 司修 芸能

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お神楽★Book021
2008/09/08 01:55 [Mon]
category:Book
日本全国には、たくさんの神楽がある。ニュータウン育ちなので、残念ながら地元の神楽が血肉となることはなかったが、これまで、いくつか観る機会に恵まれた。全身全霊で空間を揺るがす音と舞。地元の人たちに混じって、しらじらと夜が明けるまで神々と遊んだ経験は、少なからずその後の世界観、価値観に影響をおよぼしている。

神楽の衰退を嘆いたり、一つの神楽を学術的に多面的に掘り下げたりするのではなく、神楽の現状や音、舞を、日本のいきいきとした芸能として淡々と取り上げているのがこの別冊太陽。写真はもちろんなのだけど、見事な構成、泣ける編集に敬意。神楽100選データ、「お神楽の音楽」というCDまでついている。

お神楽
日本列島の闇夜を揺るがす―お神楽 (別冊太陽―日本のこころ) (ムック) CD付
構成:三上敏視、原章
平凡社 (2001/09)

オープニングは、細野晴臣さんのこんなテキストから始まる。

今どきの若者たちの「日本人離れ」したリズム感覚には驚かされる。若者たちの歌や音楽はこぞって、リズムの権化ともいうべき北米の黒人音楽を取り入れてきたが、いまや模倣を越え肉体化しつつある。しかしつい30年ほど前の日本人は、リズム感における劣等性を遺伝子のせいにさえしていた。もはやそれが誤りだったことが判る。これほど短期間に進化するとは思えないからだ。それよりも単に眠っていた感覚が甦ってきたというべきだろう。リズムというのはそれほど根源的な感覚といえる。(本書より引用)


◎ヴィジュアルで紹介されている神楽は以下
・高千穂夜神楽(宮崎県)
・早池峰神楽(岩手県)
・奥三河の花祭(愛知県)★
・保呂羽山の霜月神楽(秋田県)★
・佐陀神能(島根県)
・銀鏡神楽(宮崎県)★
・隠岐島前神楽(島根県)★
・鷲宮神社催馬楽神楽(埼玉県)★
・大本神楽(島根県)
・本川神楽(高知県)★
・備中神楽(岡山県)
・伊勢大神楽(三重県)

◎CD音源は、上記★印のほかに
・本楯神代神楽
・松前神楽
・坂部冬祭

◎コラムの執筆は鎌田東二、小松和彦、山本ひろ子、他

しかしながら、この号、版元にバックナンバーもすでに無いようで、中古市場ではプレミア価格で出回っている。(個人的にも図書館で講読中。格安を探している)

タグ : お神楽 別冊太陽 細野晴臣

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ぼくがうまれた音★Book020
2008/08/31 19:02 [Sun]
category:Book
ミュージシャン近藤等則さんの絵本。

目で見ることができない音とそれが広がる空間、その背景に広がるコスモロジーまでもが表現されたステキな本。「日本傑作絵本シリーズ」。なるほど。ホントにすばらしい。

ぼくがうまれた音 (日本傑作絵本シリーズ)ぼくがうまれた音 (日本傑作絵本シリーズ)
(2007/03)
文・近藤 等則/絵・智内兄助

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絵は同級生でもある画家、智内兄助さん。
独特の色使いの空間に、幼い子どもの目に映る景色やモノ、神々や妖怪たちまでもがうごめき、近藤等則自身と彼の音感覚を育んだコスモロジーがたち現れる。

胎内音、そして生まれて初めて耳にした来島海峡のうずしおの音

夜泣きして母に連れられた海辺、星と満月と海の饗宴

おきゅうに逃げ出すカンの虫の鳴き声

おじいさんに連れられた浪曲ライブ

鍛冶師の父の仕事場、大きくはでな金属音に気持ちよくなる僕

造船所の進水式が好きだった。「海に出れば、世界はひとつにつながっているのです」

龍神社のまつりをまねて テンテンテレツク テテンガテン

・・・・


近藤等則さんについては、またの機会に。

タグ : 近藤等則 智内兄助 コスモロジー

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古代から来た未来人★Book019
2008/08/25 12:28 [Mon]
category:Book
『洞窟へ』から先史時代つながり。

こちらは、日本の古代人の心を探求した民俗学者、思想家、詩人、作家・折口信夫伝。2006年に放映された『私のこだわり人物伝 折口信夫』(NHK)のテキスト他+書き下し。新書・NHK放映用テキストなので、分かりやすい内容。民俗学、折口を知らなくても抵抗無く読めて、思想の概観もできる。

古代から来た未来人折口信夫 (ちくまプリマー新書 82)古代から来た未来人折口信夫 (ちくまプリマー新書 82)
(2008/05)
中沢 新一

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折口の言う「古代」とは・・・

『古事記』や『万葉集』が編纂された、奈良時代のような特定の時代のことを意味しているものでもなく、列島の縄文人たちが大陸や朝鮮半島から渡ってきた「古代国家」の精神に触れ始めた頃のことだけをさしているわけでもない。もっと根源的にとてつもなく古い心の動き、ひょっとすると一万年を超える縄文時代のさらにその奥にまで到達していくかもしれない。(本書より引用)


その古代人の心を「類化性能」というアナロジーの力を駆使して、文字記録の余白や全国の祭の奥に掘り当てようとし、そこから到達した思想は、非常にエキセントリックで先鋭的(→未来人)と著者。

また、本書は「折口思想の中から、21世紀の日本人の思想として生き続けるに違いないと思われるエッセンスを取り出す試み」となっている。思想というとちょっとややこしいのだけど、著者が分かりやすく取り出している事例としては2つ。

1.芸能のありかた、愛し方
それこそ記紀神話の記載や、大陸、朝鮮半島からの伝来よりはるか以前に芸能の起源を見たとき、芸能者は「野生の思考」に忠実に生きようとした人々であり、古代的な「まれびと」の思考をいき続けていた広い意味での「貴種」に属する人々。あらゆる芸能が、本質においては「この世」と「あの世」を行き来できる怪物(モンスター)であり、不穏なもの。

折口信夫は怪物としての芸能を誉めたたえ、怪物だからこそ好きだと語り続けた。折口の学問をよみがえらせることによって、私は日本の芸能をふたたび怪物として生まれ変わらせたいと、願っている。(本書より引用)


著者の具体例が、三波晴夫(あとがき)しかないのだけど・・・。

2.日本独自の思想~社会・経済のあり方
もちろん、かなり注意深く書かれているが「神道の超宗教としての実現」。論理的な表現としては、「ムスビ」の神を基本にすえ、「物質」「生命」「魂」三位一体の構造とした未来の神道。
著者は、キリスト教の「父」「子」「聖霊」の三位一体説が、資本主義を動かしている経済原理と、親和性があり、西欧では宗教と経済の間に「同型性(イソモルフィズム)」が働いてきたという著書も書いており、日本においては、

(折口の言う)三位一体の構造をしたムスビの神の考えは、宗教の領域をはるかに超えて、経済や社会のありかたにまで深く浸透していく力を持った、根源的な原理をあらわしている。


というところまで書いている。こちらは具体例がなくちょっとファンタジックな印象。まずは西欧と資本主義に関する著書を読みましょうということか・・・。
『緑の資本論』
『愛と経済のロゴス―カイエ・ソバージュ〈3〉』 (講談社選書メチエ)

折口が古代の「精霊」のあらわれを見た、「奥三河の花祭り」の鬼。

花祭
Attention! The YouTube addict.

タグ : 折口信夫 中沢新一 奥三河の花祭り

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洞窟には何がある?★Book018
2008/08/23 23:19 [Sat]
category:Book
洞川の蟷螂窟に入ると五感が混乱して、精神的に不安定になり、ありえない連想をしてしまうと書いた。[過去記事:洞川には何がある?02]。でも入場料を支払って入るような観光スポットなので、個人差はあれど本来は恐れることは無い。

しかし、なんだか得たいの知れない怖さが漂うのには、たとえば内部に「賽の河原」だとか、「役行者の隠れ岩」だとか「弥勒の渕」などと、名前がついているところにもあると思う。他の洞窟でも、そのような名前や、あるいは鍾乳洞の形状などにちなんで「●●富士」「蛇の●●」など、自然あるいは超自然的というかシンボリックなモノを連想させる名前がつけられているところが多いように思う。

何も見えない闇に名前がつけられると、たとえば「行者はよくもこんなところで修行したなぁ・・・」とか、「この”賽の河原”を超えたら、もしかしたら戻れなくなるんじゃないのか」と、その真偽を超越して脳が勝手にイメージを描き始めるから面白い。

この名前をつける行為がどうこう言いたいのではないんだけど・・・そもそも名前をつけたのなんて、たかだか数十年ぐらい前ではないかと想像される。そうでなくとも役行者は634年生まれと言われているから、せいぜい1300年ほど前のこと。洞窟はそれよりずっと以前、それこそ先史時代からそこにあり、先史時代の人が描いたであろう壁画が残るところも世界にはある。そんなものを実際に見たら眩暈に襲われるであろうと想像できる。

洞窟はフランス語で「la grotte」。

洞窟へ―心とイメージのアルケオロジー洞窟へ―心とイメージのアルケオロジー
(2001/07)
港 千尋

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本書の中で、著者は自身の洞窟趣味(グロテスク)には「イメージの起源」からイメージのみならず何らかの「起源(アルケー)」を見たいという強い欲望が働いていると内省する。
個人的には知識が及ばないところも多く、サッササッサと読める本ではなかったので、要約は以下、アマゾンの商品説明引用。

先史時代の洞窟は人間の脳である-。認知考古学をもとに洞窟壁画の秘密に迫るとともに、旧石器人の心の進化のプロセスを解明した画期的な洞窟論。アンドレ・ルロワ=グーランのエッセイ、「ガルガスの手」を巻末に訳出。
-----目次-----
1.海底洞窟の驚異
2.プロジェクションの神話
3.ネガティブハンドの謎
4.記憶のシステム
5.脳と洞窟
6.美しき動物たち
7.変身の力


と、ワクワクする内容ばかりなのだが、感覚的にはまだ8割ぐらい未消化。とりあえず、「トランス」、「シャーマン」への関心から、後半で紹介されているシャーマニズムと先史芸術の関係に関する研究の紹介が興味深かった。興味の部分がうまくまとまるかどうか分からないけど、備忘録的に書いておこうと思う。

サン族の岩絵や世界各地の旧石器時代の芸術に現れる幾何学模様が、いくつかの内在光(瞼を軽く押さえたときに現れる燐光や、覚醒時に見られるのグリッドやドットやジグザグ)のパターンにまとめることができるというもの。そして内在光のパターンというのは幻覚へ移行し、サン族のシャーマンは、内在光のパターンを岩の表面に「見る」ことができ(第1段階)、卓越したシャーマンは内在光のパターンから別のパターン(意味を持つイコン)を想像でき(第2段階)、最終的にシャーマンはトランス状態のなかで、表象を超えて動物そのものになる(第3段階)。サン族の岩絵にしばしば描かれている半獣半人は、この第3段階のシャーマンの状態を示している。そして、この1~3段階のイメージのすべては旧石器時代の洞窟画や岩絵に見られる。

先史時代から歴史時代への連続を真に担っているのは人間でも動物でもなく、「魔術師」すなわち「変身するもの」ではなかったという眩暈のするような衝撃を受ける。(本文より)


やっぱりまとまらん・・・読み直してまた後日。

タグ : 洞窟 港千尋 トランス シャーマン

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バリ人によるバリ誌★Book017
2008/08/07 01:10 [Thu]
category:Book
随分以前に購入して、当時は全く受け付けなかったのだけど、面白かった本。2007年6月に増補新版が出ている(未読)。鏡味治也、中村潔訳。

プトゥ・スティアのバリ案内プトゥ・スティアのバリ案内
(1994/12)
プトゥ スティア

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たとえば、当ブログでも書いたことがある、バリカレンダーの作者として、今もカレンダーに写真が載っているI Kt. Bangbang Gde Rawiさんがバリカレンダーを作るようになったきっかけだとか、タジェン(闘鶏)にはどうやって賭けるのか、システムはどうなっているのかとか・・・そういうことが、詳細に書かれている。
[過去記事:バリカレンダー★雑貨005
[過去記事:鶏に賭ける★Movie018

著者の関心が、文化、宗教、歴史、観光化に高いようなので、そちらに偏ってはいるが、たとえば他にも、風葬の村トゥルニャンの現状や、お祭りで演じられて何が面白いのかさっぱりわからなかったバリの大衆演劇のストーリー、ネカ美術館ネカさんの苦労話とバリ絵画の話等々・・・バリ人以外が調べたのでは辿りつかないだろう情報も多く、個人的には興味深かった。

著者プトゥ・スティア氏はバリ人だけど、ジャーナリストとしてヨクヤカルタで活動し、しばらくバリ島とは少し距離をおいた生活をしておられた。バリ島を見つめなおす機会があり、自分が青年期までを過ごしたバリと現状は何がどう変わっているのかを書きとめたのが本書。1986年までの状況なので、それからさらにバリは変化しているが、増補新版にはそこからさらに20年後という補足もあるよう。

プトゥ・スティアのバリ案内 増補新版プトゥ・スティアのバリ案内 増補新版
(2007/06)
プトゥ・スティア

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著者の語り口に手放しの絶賛や批判のようなものは無く、氏が個人的に抱く懸念と怒りのポイントはいくつか見られるものの、「だから何とかしなければ!」的なあつい口調もなく、バリ人がバリ島を歩いて、見て、聞き書きしたことが淡々と書かれている。おそらくそこが購入当初全く受け付けなかった理由でもあり、今(ブログを書き始めて)、面白いと思う理由なのかもしれない。

諸事情あったのだと思うが、著者も言うように、調査報告書でもなければ観光案内でもないところが、非常に中途半端でもったいない。たとえば写真をつけるだけで随分購読者層の幅が広がりそう。数多ある一般読者向けバリ島本の中でNo,1にディープで正確なガイドブックになると思うんだけどなぁ・・・。

機会があれば、YouTube上の映像と本書の引用で記事も書いてみたい。

以下、目次
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タグ : バリ島 プトゥ・スティア

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サンギャン02★Book016
2008/08/05 11:22 [Tue]
category:Book
先にYouTube上のサンギャン・ドゥダリのMovieをあげたが、どうも現時点でそれ以上何か書くのは難しい・・・。ただ、自分がアジアに惹かれて仕方がないこの感覚と「トランス」が、どこかでどうにかつながっているということは確かなような気がする。その繋がりが言語化できないのだけど・・・

tenshi

天使のささやき―宗教・陶酔・不思議の研究』 植島 啓司 (著) 人文書院 (1993/02)
※[ミル・ブックス]にて中古書取り扱い有

37: あらゆる病気とか事故は、悪霊の直接的な介入によって惹き起こされる、とバリの人々は考えている。
38: そんな時、人々はサンギャンというトランス・ダンスを催して、災厄に対抗するのだ。
39: バリでは、周知の通り、多くの祭儀が毎日のように執り行われている。サンギャンもその一つであるが、現在では、観光客のために行われる場合(ボナ、プリアタン)を除いては、なかなか見ることができない。それは本来特殊な機会にのみ実施されたもので、その記録も数少ないのである。

(中略)

74: ともかく、ぼくたちは、サンギャンの調査を行いながら、一つの結論として、実はかつては無数のサンギャンがこの島に存在したと考えるようになり、それがヒンドゥ=ジャワ文化より以前のものだという認識に至ったのである。

75: バリ島の宗教儀礼を観察していて、もっとも興味ぶかいことは、「超自然の悪意に対抗する唯一の手段は人間の錯乱状態である」ということだろう。
76: J・ハクスレーは「一つの安定したパターンから別のパターンには、ちょっと考えられないような突破を行うことによってしか、移行がかちとれない」と書いた。
77: サンギャンの錯乱状態(トランス)こそ、まさにそれなのである。
(*文頭の番号は断章番号、本文まま)



また、本書では白虎社の大須賀勇氏との対談も。

大須賀「亡くなったマンダラさん、20年代にオランダやパリ(Paris)でバリの演劇を披露してアルトーに影響を与えた際のメンバーだった人ですが、彼は白虎社をはじめ見て、バリに古くから伝わるトランスの踊り、サンギャンと通じると言ったんです。」
(中略)
大須賀「(バリ島では)ダンサーが観光ガイドをやったり絵を描いたり、畑仕事をしたり、ジャンルを軽やかに飛び越える。一芸を極める日本的精神とはほど遠いんだ。芸術家=苦悩という近代の意識から自由ですね。忘れる能力ですかね。トランスは、あれは覚えているんですか。」
植島「自我が収縮していって、そこに異質なものが入ってきて、自我がなくなるくらいのトランスが普通と考えがちですけど、熟練のシャーマンだと、自我が少し収縮するだけでトランス状態に入れるんですね。」
大須賀「ぼくたちの踊りも、まず自分をからっぽにもっていくんですが、人形浄瑠璃の人形と操り師のように、別の視線が一人の人間に共存する状態が必要になってくるんです。」

(*( )内補足、引用者。また、「マンダラさん」については、以前ジョン・コーストの記事中で少しだけ書いた。[ステージで見せたい★CD003])


ということで、今回は(も)何が言いたいのか混迷・・・以下、白虎社の映像。

Butoh
Attention! The YouTube addict.

タグ : 植島啓司 サンギャン 白虎社 トランス

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コバルビアス評伝★Book015
2008/07/24 14:47 [Thu]
category:Book
以前の記事で、コバルビアスの評伝はあるのか?[元祖・バリガイド★Book004]と書いて、永渕康之著『バリ島 』(講談社現代新書)を読み直していたら、いくつかあるようだったので書いておこうと思う。

CovarrubiasCovarrubias
(1994/11)
Adriana Williams

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Covarrubies in BaliCovarrubies in Bali
(2006/01/31)
Adriana WilliamsYu-Chee Chong

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永渕氏は、著書『バリ島』の中で、コバルビアスをあまりいいようには書いていない。誤解を恐れずに個人的に読み取った印象で言えば、「植民地統治を批判しているくせに、政治的な部分をしっかり読み取れなかった脳天気な人。それどころか、自分の利益のためにバリ島イメージを利用した人。アーティストでありながら、なまじ民族学的な観察・言及ができただけにたちが悪く、そのせいでバリの観光化に拍車をかけた人」的な言い方をしている。
たとえば・・・

 コバルビアスは、(著書『バリ島』のなかで)バリ文化の最も本質的な核心部分を描きえたと信じていた。そしてそれを描き出すことによって植民地主義の根本的な不要性を証明できたとも信じていた。だが、彼が本質的と考えたバリ社会の姿は植民地政府が考えていた姿を反復していた。そのバリ社会の本質をもとに、政府は実際の統治体制を組み立てていたのである。
 コバルビアスの植民地主義への攻撃は、だから表面的な批判に終わってしまうのである。植民地統治がバリ島に住む人々の生活の何を変えたかに彼はあまり注意を向けなかった。しかも、バリ社会の本質を理想化する美学と植民地統治が結びついていたことを彼は理解していなかった。バリが植民地統治下にあったという誰の目にも明らかな事実が、こうして『バリ島』から消えたのである。(永渕康之著『バリ島 』(講談社現代新書)より。※( )内補足引用者)


この批判というか、当時の読み手を何だか軽視しているような、何ともいえない結論・・・。個人的には、非常に感覚的な部分で全く合点が行かないので論理的に反論したいけど、評伝、洋書・・・ハードル高いな~。

タグ : バリ島 コバルビアス 永渕康之

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ジオラマ論★Book014
2008/07/23 17:20 [Wed]
category:Book
ということで、前回の続き。なぜ、人、モノ、時間、空間繋がりが希薄になってしまったかを考える上でのヒントあるいはバイブル(その1)。

ジオラマ論
ジオラマ論 ― 「博物館」から「南島」 DIORAMA TRANSFIXION 1435-2020
伊藤俊治著/ リブロポート/1986年/絶版
※[ミル・ブックス]にて取り扱い有 3,150円

19世紀における機械文明の発達が人間の知覚、そして無意識と感性をどう変えたか・・・。

おそらく19世紀とは有史以来初めて、実際の地表に人間の手によって大きな変化がもたらされた世紀なのだ。運河、鉄道網、トンネル、橋、道路・・・こうした交通網は地上のあらゆる地形の意味を本質的に変えてしまった。地球全体がピトレスクなコントロールがおよぼされうる場所となり、ジオラマと化していったのだ。さらに情報網、複製技術、保存手段といった19世紀に驚異的に進展した三つの文明の成果は、日常生活のあらゆるレベルに浸透し、人間の意識の変革をもたらしてゆく。(本書あとがきより)


20世紀(今や21世紀だけど)の感性を用意した、19世紀以降の「ジオラマ」的認識を装置の発展史とイメージ空間から辿る。また、その先を超えるヒントをバリ島の知覚に求める(?)、5章「南島論、バリ、ヌレックアイランド」が個人的にヘビーリーディング箇所。バリについての断片的な言及は、NY自然史博物館のバリ・セクションから始まり、空間(地理)、時間(歴史)、信仰の形等々を、フィールドワークと専門知識で織り上げた儚く美しい織物のよう。

また、「ヌレック」とは当ブログでも何度も取り上げてきているが、バリ島の儀礼でたびたび起こるトランス状態のこと。

誤解を恐れずにいえば、バリの人はみな流動的な波打つ分裂病者なのである。しかしトランス・ダンスの例のように彼らの狂気は固執せずに流れる。~(中略)~狂気の型は一定していて、人々はみなその型を知っている。心を傷つけられたり、愛情を失ったりしたものは、その型にあわせて狂気へ入り込めばいい。そうすれば人々は彼の精神の危機に注目してくれる。どんな世界であれ、ともに生きる者の注目こそ、何にもましてその人間の危機を救うものだ。人間のなかの化学作用に最も直接的な影響を及ぼすものは他者の存在であり、他者が人間に見えないエネルギーを放射する。我々の身体は、他者との関係で自分のなかにどんな感覚が促されているかに緊密にシンクロしているのである。(本書より)


タグ : バリ島 伊藤俊治 ジオラマ論 19世紀

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ププタン★Book013
2008/07/23 14:33 [Wed]
category:Book
人、モノ、時間、空間の繋がりが希薄すぎる。というのはこの本のことではないのだが・・・。

ププタンププタン
(2001/12)
東郷 隆

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欧米がアジアに侵略した時代。日本人はアジアとどう関わってきたか。初めて読んだ作家さんだったが、「博覧強記の歴史・時代小説家」と言われているそう。アジア歴史奇談短編集。

タイトルのププタンは、1906年、バリ島バドゥン王がオランダへの降伏を拒んで大砲の前に身を投げ出した事件が題材。(参照:ネット上で、ププタンについて最も詳細と思われる記載はこちら、「大槻重之著>インドネシア専科>ププタン広場」)

ストーリーは、日本に亡命したインド人商人が、僧侶とともに家を訪ねてきた作家に、かつて、バリ島で目撃した「ププタン」について語るところから始まる。
マハーバーラタに出てくる最終兵器を、19世紀後半に登場した機関砲「ノルデン」という兵器にシンクロさせて、ヒンドゥの世界観を持つバリ島民が「ノルデンが来る」と精神的に追い詰められるくだり。個人的に、死と引き換えになるような世界観も、兵器の怖さの実感も無いので???となったのだが、「ププタンは人の死の神聖さによって、神の存在と己を合体させる試みであり、アジア独特の貴い心」とする部分には共鳴。

この作家さん、武器の専門家でもあるそう。本作には他に上海、シャム、トルコ、満州、エチオピア、チベットを舞台にした物語も所収。

ということで、何を言いたいかというと、ププタンに見るバリ人の死生観を意識しながら、バリ人と接するという人はいないと思う。また、日本で「神の存在と己を合体させる試み」なんてことを口にせずとも心のどこかで意識していれば、狂人、変人扱いだろう。わずか100年でどうしてここまで人、モノ、時間、空間の繋がりが希薄になってしまったのか。

タグ : バリ島 ププタン 東郷隆

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旅に出たい!★Book012
2008/07/05 21:42 [Sat]
category:Book
先に書いた『賭ける魂』 (講談社現代新書 1942)で植島啓司氏は、ギャンブルでも日本人は負けを極端に恐れる国民性があり、人生においても「一度レールを外れたら二度とまともな生活に戻れない」という強迫観念がだれの心をも支配していると言う。続けて

 1950年代から60年代は、ほとんどの人々がまだ貧しいままだった。しかし、それでもどこかに希望を抱いていた。ところが、1990年代から現在に至るあいだ、それ以前と比較したら飛躍的に豊かになったにもかかわらず、多くの人々の心は病んでしまっている。それではいったいわれわれはどうしたらいいのだろう。いまだ処方箋はみつかっていない。ただ、そのためにできる簡単な方法がひとつある。旅をすることだ。
(中略)
 自分をマイナスの状態におかない限り、何も外側からは入ってはこない。虚勢を張ってはいけない。いつも満ち足りている自分を標準だと思ってはいけない。失って得られるものは大きいのだ。旅をするというのも自分のステータスをいったん手放すということである。入院するというのも単に悪いことばかりではない。・・・(『賭ける魂』より)



久しぶりに少々厄介な迷いを抱えてしまい、無性に旅に出たい心境。できれば下田昌克さんの『PRIVATE WORLD』のような旅がいいなぁ(笑)。

PRIVATE WORLDPRIVATE WORLD
(2002/04)
下田 昌克

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中国、チベット、ネパール、インド、ヨーロッパとスケッチブックを片手に3年間、いきあたりばったりの旅日記。内容はもちろん、出版化の過程もとてもデリケートに作られたことが伝わってくるステキな本です。

タグ : 植島啓司 下田昌克 賭ける魂

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賭ける魂★Book011
2008/07/02 00:25 [Wed]
category:Book
前記事で引用したが、下田昌克さんは、バリ島での感覚を「この島全体で演じられている芝居のなかに紛れ込んでしまったような気がする」と言っているが、宗教人類学者植島啓司氏は「賭ける魂」のなかで、それをバリ人側から次のように見る。

賭ける魂 (講談社現代新書 1942)賭ける魂 (講談社現代新書 1942)
(2008/05/20)
植島 啓司

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たとえば、バリ島では、すべての人々が宗教的職能者となる。それなのに、専門の宗教者はひとりもいない。彼らは、そのほとんどが農民であり、遊び人であり、アーティストとして踊り、ガムランを叩く。そして、祭りや儀礼の際には宗教的職能者となるのである。それが羨ましい。人間は一つのことに集中できるようにはできていない。本来、生きるというのはいろいろな人生を生きるということを指している。そして、そのためには単純な二、三の原理さえ知っていれば生きていける。


気になる「二、三の原理」はぜひ本書でご確認いただきたいのだが、長年のギャンブル経験から氏が導きだした、今を生きぬくヒントが満載。ギャンブルのエピソードも、競馬、カジノ、麻雀、ドッグレースまで。

以下目次
1 人間は自分以外の力を必要とする  
  サマルカンドの死神/ギャンブルと経済とゲームは同じ/生命の連続性/
  中山競馬場2008年春/ラスベガス/バハマの若い女/働かない男たち/
  大学教授/ジャパンカップ始末記(1999年)
2 自分のことはわからない
  わからない/羽生名人「将棋の手はほとんどが悪手である」/東大以前/
  人間だれしも過ちはある/大学院/遊ぶべきか働くべきか/東大以後/
  わからないことに意味がある/テレパス
3 賭ければパラダイス
  競馬の快楽/賭博師の破滅/弱いディーラー/勝敗の分かれ目/
  香港のカジノ/絶不調/勝敗は前もって決まっている?/
  へミングウェイ『移動祝祭日』/偶然が存在するから世の中は面白い
4 われわれはどこへ行くのか
  運は一方的に下降する/ドストエフスキー『賭博者』/数学の魔力/
  賭ける魂/「ギャンブルは勝ち負けではない」/未来は決まっている?/
  競馬はだれとの戦いか/ささやかな夢/プールサイドにて

テーマ:オススメの本の紹介 - ジャンル:本・雑誌

タグ : バリ島 賭ける魂 植島啓司 ギャンブル

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バナナの蜜★Book010
2008/07/01 15:48 [Tue]
category:Book
イラストレーター 下田昌克さんのバリ島スケッチブック

バナナの蜜―下田昌克バリ島スケッチブックバナナの蜜―下田昌克バリ島スケッチブック
(2007/09)
下田 昌克

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バリ島がなぜ面白いのか、なぜワクワクするのか・・・著者の好奇心の赴くままを、人物のスケッチ(色えんぴつ画)と写真のコラージュ、コラム、Cafe LotusやTutumakのビルに書いたメモなどでぎゅっと詰めこんだ1冊。(幸いこの画像には無いが、書店ではこれまた売らんかなの心無い帯がついているのが悲しい・・・)

ときどき、島ぐるみでだまされているような気がする。
昼間、普通に暮らしている人たちが、夜になると正装してガムランを演奏していたり、小さなものから大きなものまで町じゅうが飾り立てられていたり、いきなりゴーストの話が出てきたり。

この島全体で演じられている芝居のなかに紛れ込んでしまったような気がする。(本文より)



shimoda
↑画像クリックで下田昌克オフィシャルサイトへ

タグ : 下田昌克 バリ島 バナナの蜜

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世界の音を訪ねる★Book009
2008/06/27 22:15 [Fri]
category:Book
久保田麻琴さんのCDを書いたので・・・

世界の音を訪ねる―音の錬金術師の旅日記 (岩波新書)世界の音を訪ねる―音の錬金術師の旅日記 (岩波新書)
(2006/04)
久保田 麻琴

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岩波新書初のCD付。前半は文字通り久保田氏の音楽旅日記。(雑誌『ラティーナ』掲載を大幅加筆)。後半は田中勝則氏がインタビューで久保田氏の音のルーツに迫る。

前半は個人的に各地域の音楽知識が乏しいこともあり固有名詞につまづいて読み辛かったが、後半のインタビューは面白かった。もちろん音楽の話だけど、文化・芸能伝播のバリエーションをどう見るかという視点で読んでも楽しい。以前の記事(ダンドゥット★CD006)で書いたエルフィ・スカエシのアルバム作成時のエピソードも。

ところで・・・

私のこういった音楽との特殊な出会いを知った前任担当者が考え出した”音の錬金術師”というサブ・タイトル。人との偶然を超えた出会い方のみならず、和声から旋律をひねりだすといういわゆる職業音楽家的な作曲方法とは違う、多分に無意識的な私の音楽制作方法、つまりリズムと音の響きの組み合わせから、むしろ音の道を自然に浮かび上がらせるという作・編曲の手法からもその言葉、”錬金術師”は適切なものだったかもしれない。・・・(あとがきより)


確かに、インタビューを読むと、氏のどんな音楽との出会い方も特殊に映るが、常に柔軟なスタンスであれば、むしろ氏の出会い方の方は自然。発信にも「誇大妄想的ホラが混じる」と自身でも言うが、それを受け入れない(受け入れることができない)土壌も問題と思う。

本書にも出てくる久保田氏関連映像YouTube上にもたくさんあるが、とりあえずチャンプルーDKI


Kopi Dangdut/Campur DKI

以下本書目次。
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タグ : 久保田麻琴 ワールドミュージック

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なんくるない★Book008
2008/06/24 15:24 [Tue]
category:Book
沖縄が続いたので・・・

なんくるない (新潮文庫 よ 18-18)なんくるない (新潮文庫 よ 18-18)
(2007/05)
よしもと ばなな

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沖縄での4つの物語。どれも主人公は都会から沖縄にやってきた観光客。

壊れていくことを予感する寂しさ、自分の力で取り戻せない切なさ、遠くにいても心を照らしてくれていた人を失う悲しさ、自分で決めておきながら割り切れない思いを抱え込む辛さ・・・心に刻まれたそんな思い出を、沖縄は「なんくるないさ(なんてことないよ、どうにかなるさ)」と包み込む。

読後、偶然がとても愛おしく、瞬間に慈しみを感じる一冊。

私は沖縄に行くと、沖縄が好きで好きで帰りたくなくて、帰りの飛行機の中ではいつも半泣きなのです。もうひとりの自分を置いてきてしまったようなあの気持ち。・・・(文庫版あとがきより)


タグ : よしもとばなな 沖縄

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深層バリの音風景★Book007
2008/06/07 17:40 [Sat]
category:Book
サワサワサワサワ
(2003/04)
中川 真/高橋 ヨーコ

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音楽学者・ガムラン奏者中川真の小説と高橋ヨーコの写真のコラボレーション。
先に書いた記事(★Book006)の、『魅せられた身体―旅する音楽家コリン・マクフィーとその時代』の中で、著者が本書を以下のように評していたので読んでみた。

ただ魔術や神秘体験を描くのではなく、音・音楽とのつながりのなかで、音を発したり踊りをしたりするその心身の体験として生々しくえがかれている


本の装丁から、若い読者を意識していると思われるので、小説はバリ島を舞台にしたスピリチュアルな冒険・恋愛小説としてさらっと読むこともできないこともない。ストーリーの中心はバリ島の仮面彫刻家の突然の死。個人的には、その謎を追って、ウブド北の「死者の森」に入ってからの壮絶な音空間とトランス体験の描写が面白いと思った。謎を解く鍵がヌサ・プニダの神話という設定もユニークと思う。

写真と小説の2部構成になっていて、最初は?と思うが、巧妙に音がしのばされた物語と合わせて写真を見ると、なるほどキッチュな盆にのって運ばれてくるコピグラスの音、オダランや夜店のざわめき、突然のウジャン・・・など、バリの音風景が広がる。バリ島に行ったことがない人がその音風景を想像するのは難しいかもしれないが、「UBUD SOUND MAP」なるものが付いているので、そのマップをたよりにすれば初バリでも深層バリの音体験ができるかもしれない。

「学術研究とアートが出会う新しいかたちのコラボレーション」という前提を否定するつもりは全然ないんだけど、個人的には写真にたよらない形で、もっとゴリゴリっとバリの音と心身の関係を描く中川氏の続編に期待。

タグ : バリ島 サワサワ 中川真 ガムラン

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魅せられた身体?!★Book006
2008/05/27 21:33 [Tue]
category:Book
本ブログで何度か書いたカナダの作曲家コリン・マックフィーについての、おそらく日本語では初めて本。
評伝的部分はオジャ(Carol J. Oja)の評伝(Colin McPhee: Composer in Two Worlds (Music in American Life),1990)と『熱帯の旅人―バリ島音楽紀行』をベースに、マックフィーと直接・間接的に関わる人物や出来事の交差を音楽研究者ならではの視線で組み合わせられた、20世紀前期、中期の感覚が伝わってくる芸術文化史。マックフィー関連年表や地図なども付いていて楽しめる。著者の力仕事に敬意。

魅せられた身体―旅する音楽家コリン・マクフィーとその時代魅せられた身体―旅する音楽家コリン・マクフィーとその時代
(2007/11)
小沼 純一

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マックフィー以降から21世紀になってからのガムラン音楽、バリ島文化研究の展開についても触れられている点もステキだと思ったのだが、個人的に残念だったのは、本書の内容をうまく表してなくて少々乱暴とさえ思えるタイトルとそのタイトルに沿っているように見えるように書かれている最終章。これはホントに著者の意図だろうか?とまで疑ってしまったのだが・・・。ま、ま、ま、マックフィーについて日本語で読めるのは本当に幸せ。

<マックフィー関連の記事は以下>
バリ島関係で1冊と聞かれたら★Book001
マックフィーのヴィデオ★Movie001
突き動かされる★CD001
「好き」はなぜ伝わる?★CD004

目次は以下。
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テーマ:音楽 - ジャンル:学問・文化・芸術

タグ : バリ島 コリン・マックフィー 1930年代 ガムラン

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神々までも・・・★Book005
2008/04/05 21:06 [Sat]
category:Book
比嘉豊光さんが沖縄・宮古島北部の集落、西原の年中祭祀を撮影したこの写真集は、まるで神々までも写り込んでいるように幻想的な祭祀が立ち現れている。

光るナナムイの神々―沖縄・宮古島~西原~ 1997~2001 (チルチンびとライブラリー)光るナナムイの神々―沖縄・宮古島~西原~ 1997~2001 (チルチンびとライブラリー)
(2001/07)
比嘉 豊光

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以下、同書内国立歴史民俗学博物館民俗研究部教授 比嘉政夫氏評一部引用

そこには、人類学や民俗学のいう参加観察の意欲以上に、シマ(村落・島)の文化に対する一人の人間として愛情と敬意に満ちた眼差しが感じられる。


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元祖・バリガイド★Book004
2008/03/22 16:09 [Sat]
category:Book
Covarrubias
コリン・マックフィーヤヴァルター・シュピース同様、1930年代バリ島に暮らしたメキシコの画家ミゲル・コバルビアス(Miguel Covarrubias 1904-1957)は、元祖バリ島ガイドブックとも呼べる『バリ島』を1936年に出版する。

バリ島バリ島
(1991/08)
ミゲル・コバルビアス関本 紀美子

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この本、画家なので、感性の赴くままにバリ島が紹介されていると思いきや、バリ人の暮らしと文化を実に淡々と、また一つ一つの事象を徹底して紹介している。挿絵のイラストも南米っぽい雰囲気とアジアが混在している感じ?がいい。

メキシコに戻ってからはメキシコ古代文明や民俗研究、アメリカ大陸考古学や民俗美術などを研究し、晩年、国立メキシコ人類学大学の芸術史教授として過ごした。
Covarrubias_poster
シュピースやマックフィーのように、生き方や感性に惹かれるような話は今のところ読んだことはないけれど、ひょっとするとこの淡々としたところにアジアの好奇心の謎は潜んでいるかも?コバルビアスに関する評伝はあるのかな?

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タグ : バリ島 1930年代 コバルビアス コリン・マックフィー ヴァルター・シュピース メキシコ

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自分はどこにある?★Book003
2008/03/19 22:30 [Wed]
category:Book
バリ島での周囲と自分が一体となる不思議な感じはなかなか言葉にできない。この感覚を言葉として本当に素敵に表現されていると感じたのが、以下の本のオープニング。

バリ島芸術をつくった男―ヴァルター・シュピースの魔術的人生 (平凡社新書)バリ島芸術をつくった男―ヴァルター・シュピースの魔術的人生 (平凡社新書)
(2002/01)
伊藤 俊治

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夜、耳をすますと闇の向こうから虫や獣の音とともにガムランの響きがかすかに聞こえてくる。高く低く、地を這い、空に震え、闇から光へ、光から闇へ、溶けるように吸い込まれてゆく。(続く・・・・)


バリ島でのさまざまな記憶は朝、昼、夜、その時々の五感記憶―たとえば、音や光、体をとりまく温度や湿度、臭い、味等々―とともに記憶されている。また、その時々の感情の記憶にも左右され、ある記憶はノスタルジックで、ある記憶はポジティプな感覚を呼び起こしたりもする。

この本、そもそもはバリ島に生涯を捧げたオランダの画家、ヴァルター・シュピースの評伝で、もちろん評伝としてもすばらしいのだけど、このオープニングテキストは、バリ島に行ったことのある人なら、誰でもうっとりするんじゃないかな?

テーマ:アジアの文化芸術など - ジャンル:学問・文化・芸術

タグ : バリ島 ヴァルター・シュピース 伊藤俊治

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聖地は動かない★Book002
2008/03/19 21:48 [Wed]
category:Book
「聖地」と言われる場所に惹かれる。

聖地の想像力―なぜ人は聖地をめざすのか (集英社新書)聖地の想像力―なぜ人は聖地をめざすのか (集英社新書)
(2000/06)
植島 啓司

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神社などでもそうなのだが、ゴツゴツした石がボロボロの木で囲われてポツンとあったりするのに畏怖を感じる。その空間に一度足を踏み入れたら、特別なマナーに従わなければならないという心地よい拘束のような感覚がいい。

世界中のさまざまな宗教の聖地をおとずれた宗教人類学者・植島啓司氏の聖地論。聖地とは何なのか、人が引き寄せられる場所と誰も近づかない場所の違いはどこにあるのか・・・。

テーマ:史跡 - ジャンル:学問・文化・芸術

タグ : 宗教 植島啓司 神社 聖地

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バリ島関係で1冊と聞かれたら★Book001
2008/03/19 14:24 [Wed]
category:Book
この本を薦めることが多いです。
house in bali
★Book001
熱帯の旅人―バリ島音楽紀行
C・マックフィー 著、大竹 昭子 訳 河出書房新社 (1990/08)
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テーマ:アジアの文化芸術など - ジャンル:学問・文化・芸術

タグ : アジア バリ島 コリン・マックフィー ガムラン 1930年代

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