アジアの好奇心~KajengKliwon
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意外なところに・・・★TP026
2009/11/09 00:42 [Mon]
category:Time & Place

熊野はつねに意外なところにみずからの姿を現すのである。(引用:世界遺産神々の眠る「熊野」を歩く (集英社新書 ビジュアル版 13V)




引き続き、過去記事[神々の眠る「熊野」を歩く★Book028]で書いた同タイトル書で、植島啓司先生は熊野をかたちづくる、その核心部分とは何かを次のように述べる。

それは、一般にいわれるような「死者の魂の集まるところ」「死者の国」ではなく、むしろその正反対の、「万物を生み出す力」なのではなかろうか。(前掲書)


これを読んだのち、このブログでも何度か書いてきた久保田麻琴さんの、あるインタビュー記事を読んでちょっと驚いた。

過去記事でも久保田麻琴さんの宮古島の音楽採集をまとめたアルバム類のことを書いたが[過去記事:ミャーク!01★CD016他]そのきっかけというのが・・・

「三年くらい前に紀伊半島の熊野に行ったんです。熊野三山よりもっと奥のすごくアニミスティックな所。そこで小さいギターを爪弾きながら道を歩いていたら、何かに反応して自然に、一種のスラックキーのようなチューニングが出てきた。歩きながら知らない曲を一曲弾いていた。それは一種不思議な体験だった。
 それと前後して訪れたエチオピアでは、現地の人々の佇まいや振る舞いがまるで古い日本人を見ているように思えた。お辞儀の仕方とかね。その熊野とエチオピアの二つの印象が渾然と重なって、フッと日本の古層を見てみたいという気になってきた。日本書紀より前の時代の日本を。それで自分の帰る場所が初めてわかったような。そこで、沖縄を思い出した。私は70年代に沖縄にハマったけれど、その後しばらく興味を失っていた。それを30年ぶりにまた見たくなった。日本列島の一部なのに強烈に異国的なあの感じをもう一度確かめたいと。そこで沖縄が日本に復帰した頃に沖縄に移住した友人に電話してみると、沖縄本島は本土と同じようなものだから、宮古に行ってみればと言われて、宮古に行ったんです」
HMV ONLINE 「久保田麻琴の旅、沖縄・宮古島へ」より引用)



Live 1976

HMV ONLINEの同インタビュー記事には、久保田麻琴さんのエキセントリックな宮古音楽採集の経緯なども書かれていて面白い。インタビュアーはサラーム海上さん。
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タグ : 久保田麻琴 植島啓司 ミャーク! 神々の眠る「熊野」を歩く

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