縁あって週1の割合で訪れる葛城山。葛城高原といえば、ハイキングコースなので、休日にはロープウェイも満杯になるほど賑わう。ハイキング目的でもなく、完全に所用で訪れるので、このあたりが歴史的にどういうところなのか知らなかったのだが、吉野、天川、川上への関心と深く関わっていると知り、そんな目線でロープウェイに乗ってみた。

ロープウェイの頂上駅について、まず目に入るのは「葛城天神社」。境内には加茂氏の神跡と伝えられている古代祭祀の遺跡「天神の森」がある。加茂氏というのは、古くからこの地に住む一族で、吉野、川上の記事でも書いた役行者はこの一族にあたる。
 (左:葛城天神社/右:役行者謂れの案内板)
祝・先住民虐殺という恐ろしい地名の由来
葛城という地名の由来は「日本書紀」に記載されているそうで、皇軍がこのあたりに侵攻した際、そこに住んでいた先住民が反抗したので、植物の「葛(かずら」で作った網で先住民を捕らえて殺したと。よってその村を「葛城」としたとされている。つまり先住民を虐殺できた記念にこの名前がつけられたというのだ。なんとも恐ろしい。
神社周辺以外は確かに周囲を一望でき、役行者も修行したと思われる山深いところなんだけど、虐殺?葛の網?などが頭をかすめたとしても、なんせ周囲はロッジやキャンプ場、自然がいっぱいの楽しいレジャースポットなので、白樺食堂でカモそばをいただいてそそくさと下山。
土蜘蛛伝説
さて、その先住民は日本書紀では「土蜘蛛」と表されていて、「身短くて手足長し。侏儒(ヒキヒト)と相類たり」・・・ウゲゲ・・・信じられない蔑視表現。ヒキヒトとはコビトのことらしい。穴居生活をしていたことから蜘蛛に例えられたと推測されている。この先住民が住んでいた「蜘蛛窟」や、虐殺された・土蜘蛛を埋めた「蜘蛛塚」なるものが、この周辺に今もひっそりと残っている。
ネット上を見る限り、色んな人が接近しているので、恐れながら近づいてみることに。いずれも車で10〜20分圏内ところ。(注:一言主神社は普通に神社です)
左:境内に蜘蛛塚のある一言主神社/右:土蜘蛛が這い出さないように!?大きな石が乗せられた蜘蛛塚。
 土蜘蛛と呼ばれた人たちの住居跡と言われている蜘蛛窟(@高天原神社近く)
呪術師:役行者
加茂氏一族も土蜘蛛と呼ばれていたわけで、役行者も土蜘蛛の子孫と見れらている。役行者はその真の姿が伝えられておらず、修験道の開祖と崇められているにも関わらず、「鬼を使い、空を飛び、天皇転覆を謀った呪術師」というかなり怪しいキャラで伝えてこられたのは、土蜘蛛という反抗勢力の出自によるところもあるらしい。
・以上、参照および一部引用:『役行者―修験道と海人と黄金伝説』前田良一著 日本経済新聞社 ・「蜘蛛窟」や高天原周辺に行ってみようと思われる方、情報は以下のサイトがとっても詳しい。 古事記・日本神話の伝承地〜高天原史跡ガイド
14世紀の土蜘蛛のイメージ(ウィキペディアより) なぜ反対勢力を蜘蛛に例えたのか?妖怪の原型など土蜘蛛だけでも面白いテーマ。 とりあえずサッと知るならウィキペディアへ
ということで、かなり端折っているので、またもや何が言いたいかわからんことになってしまったが・・・とにかく山にまつわるさまざまな信仰の形への好奇心が止まらない状態ということだ。 興味の無い方にはほとんど呪文のようかもしれないので、次回は気分を変えて葛城山のなごみスポットを書こうと思っているので・・・よろしく。
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